2005年02月18日

鏡 静謐 narcissus

 リアル、ねえ。

 いい詩を書く、あなた。だから私は、も一つ向こうまで。すべての嘘が暴かれるまで。ひとりの観客も読者も、居なくなるまで。どうも、私にとって、努力とは、怠惰のことであるらしい。苦しくない、ごめんなさい、そういう生き方です。威張ってるんじゃ、ありません。だって、今でもやっぱりあなたに憧れています。



「ああいう人はね、そりゃあもう絶対、友情や恋愛なんて、一生経験しないんですよ。全部作り事です。役者、舞台中毒とでも言うんですか? 自己愛がひどすぎるんです。自分を憎むことと、愛すること、二つしか頭に無い。あれは天性ですよ。絶対にね、人間らしいまともな感性を持った人なら、誰だってあんな人、相手にしませんよ」
「だからさあ、騙されるバカがいるから、本人増長すんでしょ?」
「ハッタリ屋。ようは、怠け者なんだよ」
「ちょっと世の中知ってれば、わかりそうなモンだけどねえ。あんなの一目見て、薄っぺらなインチキだって、スッカスッカの能なしだって」
「だから、ハッタリ屋」
「あれは人間なんてこれっぽっちもわかってないよ。だからあんな幸せな脳みそでいられんでしょ。普通、引きこもっちゃうよね、あんだけピントずれてたら。だけど本人、全然気付いてないし、永久に気付かない。幸せっちゃあ、幸せかもね」
「天性」



「おまえ、バカだな」
「え?」
「いや、ゴメン。違うな。バカじゃない。なんてんだろう。俺が知ってることを、知らない。なんでだ?」
「知りたくねえんだよ。犬の糞以下」
「それだ。俺は糞以下か? 冗談。そのものだ。その違い、わかるか? 意味が? なあ、おまえ、頭も悪くないし、才能も未来もある。恋人もいる。友だちも。たぶんいい奴なんだろう。だけど俺が知ってることを、何故知らないんだ? 俺はおまえを尊敬したい。好きになりたいんだよ。なあ、本当にわからないのか? きちっと目開けてるか? あれが何か、わかるか?」
「バンドマン?」
「死だよ。油断も無いのに、あのツラ、あの目。あれは死だ。マンじゃない。俺は糞以下なんて上等なモンじゃない。糞だ。道端に落ちてる。そこにある理由を誰も詮索しない。意味や価値なんか無くても、そこにある。それだけのことじゃねえか。本当にわからねえのか? そんな顔するな。おまえ、木っ端に見えるぜ。まるで能なしのクズに。やめろ、俺は好きになりてえんだ。ウンザリさせるな」



「いやだね。いやだいやだ。今、何を考えてる? 部屋なんか来たって、べつに面白くないぜ? 何もない。見せるべきものも、話すべきことも。止めてくれよ、ねえねえ、車、降りよう。ほら、珍しい嵐だ。割に月は澄んでる。空、見てみなよ。嵐だ。風も暖かい。ほら、どきどきしない? あんなに雲が速い。すごくわくわくする。きみのね、車にいるあいだ、ずっとこれのことを考えてた。早く、今夜の空が見たいって。きみは、何を考えてた? 今、何を考えてる? ロマンス? 女の子くさい、ドキドキ? 俺はね、自殺の仕方。さあ、何が聞きたい? 何を知りたい? わかるよ。ごめんね、年嵩ぶって。でも、ああ、きみが何を考えているか、大体のことはわかる。すごく素敵で、つまらないことだろう? でもね、少しのあいだ、我慢して。この空気、嵐もね。それでぐっと胸張って、首から肩、腕から指先に力を入れて、上半身がパンクするくらい、力んで。こいつは翼だって、信じるんだ。それでね、少し助走をしたら、あのマリーナの堤防から、パーッて飛び立つんだ。うん。だけど、こいつは翼なんかじゃない。なあ? こいつは翼なんかじゃない。泣かないで。素敵な空想、止める必要なんてないんだから。音楽でも聴こうか? 仲良くしよう。ところで本題。お金、貸してくれないかな? ピストル、欲しいんだ。このクソ頭、吹っ飛ばすの。今度こそ、絶対に生き延びられない…」

 オイ! なんでもいい。さっさとあの鬱陶しいキチガイを殺せ! あれはダメだ。

 アパートの前の空地で、自生らしい水仙の蕗を引きちぎる。弾みで尻餅をつく。
「ハハハ。ねえ、そろそろ本気になってきた? やめてよ、そんな顔。女くさいの、やめない? ほら、こいつの何が一番イカすか知ってる? この可憐な花、三つ。知ってる? 香りだよ。ラムネに似てる」
「ごめん、アハハハ。俊くん、ごめん。私、解っちゃった」
「いいねえ。いい笑い方だ。やっと本気かよ。馬鹿のフリすんの、やめた?」
「うん。私ダメだ。ちょっと、ついてけない。解るんだ。子供じゃないよ。馬鹿じゃない。今更、そういうの、勘弁。それ、キツいよ。絶対、無理」
「うん。そんなこと、最初から解ってたじゃん? だけど、いい謝り方だね。きみがどんだけ優しくて、知性的か、よくわかる。謝る必要があるって、感じられたなんて、たぶん天才。こうして、嘘っこの翼で、力強く…、それで間抜けな目に? ハハハハ。冗談じゃねえってな。ね、悲しいことなんか、一つもない。ついでにきみに必要なものも、ここには一つもない。わかったろ? 俺が何か。俺はね、目玉の形に似た、小さな神様。誰の頭の隅にもいる。人にとって一部であるものが、俺には全部。結晶だよ。俺はそういう種類の、新しい神様。何処にでもいる。ねえ、泣かないで。すごく可愛いのに。ねえ。フラ、踊ってよ。俺、まだあんたの名字も知らない」



 宇田川、クラブG

 マンスフィールド? サローヤン? いやいや、今日はね、ボードレール。「愛し合う男女の死」を? 「貧しい人たちの死」は? 或いは「一日の終り」。え? 興味ない? そりゃ残念。そんなら太宰の「秋風記」は? 恋愛小説ってのは、あんな風に書くモンだと思うんだけど。え? 興味ない? 失礼。ねえ、バーに行っていいかな? 踊りはいい。音楽も好みじゃねえ。こんな場所に、もう一秒だっていたくない。俺、自分がキチガイだなんて、夢にも思わなかった。そりゃ失敗はたくさんしたさ。だけど成果はあった。自己憐憫てヤツを完璧に殺せた。自信の本当の意味も見つけた。目的もできた。対価? 俺は寿命しか持ってねえからな、あとは出世払いだ。取り立てられたって、無い袖は振れない。え? 興味ない? ハハハ。だよな。俺、キチガイだったんだ。関係の中の俺は、狂人。頭狂ってんだって。信じられないよな。俺、まだ信じられない。そんなことってあるのか? そうそう、アーニーは? パパ、ヘミングウェイ。「オカマ野郎の母親」は? そう、興味ないか…。まあいいさ。自分のやり方だ。それを通すなら、ひとりでやりゃいいってだけのこと。こいつだけは、憶えておいたほうがいい、ベイビーちゃん。で、そんな目で見るな。関係の外では、俺はまだ狂っちゃいないんだからな。オイ! ジョーゼフ! くそったれのイスラエル野郎! 何でもいい、トランキライザー。それからジャック、トリプルロック、二つだ。
「マキサーン、お酒、イイノ?」
「ああ、いいんだ。向いてねえんだよ、たぶん。それからさ、マキって呼ぶな。女みてえだ」
「お金は?」
「ねえよ。いや、五千円ある。それと鼻血と寿命」
「オッケー!」



 ボードレール 藝術家の死 
 (前略)
 一生かかつても彼等の「理想の像」を成就出來ない藝術家もある、
 これ等呪はれた、落伍した彫塑家達は
 われとわが胸や額をむしつて口惜がるが、

 彼等にもまだ一つだけ希望は殘つた、(これは風變りで悲しい藝の奥義だが!)
 「死」がやつて來て、新しい太陽のやうに天に昇つて
 彼等の頭の中の花々を咲かせて呉れるかも知れないといふ希望!



 雨。懐かしい色々なことを思い出す。雨にはロマンチックな思い出がたくさんある。けれど、よくよく考えてみれば、いや、錆びて退屈に慣らされた今の頭脳で思考してみれば、いかなる時も、俺を無視し続けた賢人と、俺を許さない善人としかいなかった。裏切ることと、甘えること、試すこと、想像することなどを、絶対に許せない人間がいる。俺は俺を含めた小曲、ソンネを想う。いかなる場合も。人生は、人間は、ソンネに過ぎない、というのはさすがに冗談だが。明日の予定も、将来も、家族に対する遠慮も、義理も、およそ人間らしいと言われている”習慣”の、すべてに苛つき続けてきた。考えがあってのことじゃない。そんな風に生まれついた。理解できる回路を持っていない。変わるチャンスは幾らでもあった、のかも知れない…


 パンドラの美しかったのは…、いや、女性というのは、あのパンドラの物語の、美の核心を、自然に備えている。その幾億の瞳に、私は溺死した。



 飲んだくれるってこと。明日の予定、仕事、約束、リズム、家計、良識、分別、すべてに目を瞑る。明日を捨てる。明日だけを。バーには希望などない。慰めも親切も、刺激も出会いも、感傷も。新鮮で有意義なあらゆるものはない。バーの男達は、全員そんな風に目を瞑っているべきだ。センチメンタルというやつは、常に血に飢えている。安息とは、怠惰と同義。スピリッツの羊水。バーという子宮。
「いつもので?」
「なあ、パリでは、違うのか?」



 二日間、酔い続け、三つの物語について考える。Yさんを抱きしめる話。自己憐憫を抱かずに泥酔する奥義。実践主義教育的な死。懐かしい恵比寿のバーへ。相変わらずスカしたクズたちが、ロクでもない飲み方をしてる。
「なあ、タン、トウ。ボリュームを下げてくれ。考え事があるんだ。あとな、好みじゃない。ビリーにしよう」
 大気は雪の降る前みたいに程よく湿って、けれどそれほど寒くはない。俺の一番好きな空だ。ロマンチックな曇天。海の側に戻りたい。そこで、あらゆる誤解を受け入れたい。


 苦しくない、悲しくない、むしろ皆さんごめんなさいね、そういう生き方だ。好きでやってる。だいぶ学んだから、今度こそ、平気だと思う。携帯電話のメモリーも全部消した。ガッツは取り戻しつつある。小説を書く。Kさんと、インターネットに、感謝。で、お願いなんだけど、誰か五万円貸してください。お礼に、ええと、我が家の水仙を。その一言が言いたくて、十枚書きました。いくらか身体を削って書いたつもりですが、それすら自己の陶酔に過ぎず、読者につまらなかったら、ごめんなさい。
posted by kawai toshio at 12:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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