私がこの島に来て、民宿の手伝いなどしながら、半自給自足の暮らしをするようになって、二ヶ月と少しが経つ。

お客さんの写真を撮ってあげるのも、私の仕事です。

この島には、世界一美しい海と夕日と星空のほかに、何もないものだから、空の様子や風向きなどを見て、その時々で自分が一番美しいと思うところへ、旅人を案内します。

リゾートアイランドとしての慶良間だけではなく、美しくも、素朴で哀しい琉球の島々での暮らしを僅かにでも知ってもらいたく、お隣のゲルマ島(人口90人)のタケ爺のところへ、やはり若い旅人を連れて行って、半音ずれた三線を聴かせたり、唄ったり、あるいは大昔に録音された那覇の放送局のラジオなど聴きながら、ごろりと昼寝したりします。

この夏は、毎日大勢の旅人を出迎え、また見送った。私は私の愛したこの島を、訪れてくれたすべての旅人に、私と同じほどに愛してほしかった。
旅人たちが島を去って行く。皆、旅の途中なのだ。私は彼らのうち、ただの一人の名前も、顔も、憶えていない。島で暮らすということは、そういうことなのだと思う。私の旅は終わった。私はすでに旅人でない。
アザナムイの展望台で、波の音を聴く。ミーニシが吹いて、明日からはサシバの舞う季節。島の人々ですら、退屈と孤独を嫌い、ある人は那覇へ、ある人は内地へ、一人また一人と去っていく。私はこの島に居て、毎日港で釣り糸を垂れながら、船の着くのを待つ。ガイドブック片手に上陸してみたはいいけれど、人影もなく、案内所もなく、店の一軒もない、リゾートとは程遠いクソ田舎のこの島の港で途方にくれる旅人を待つ。
「おーい! 泊まるとこ、決めてねえの?」
「えっ?」
「決めてねえなら、ウチ来なよ。何にもかまっちゃやれねえけど、布団と便所とシャワーがあるぜ」
今日の獲物はビタロー三匹に二キロのタマン。
「ねえさん、魚好き?」
「え? はい、まあ…」
「そんなら今日はメシ付で一泊2500円!」
「いいんですか?」
「じゃ、決まり。ちょっと待ってて」
釣り道具を片付けて、ビクを上げる。上出来。上等。完璧。天才!
後ろに知らない旅人を乗せて、原付バイクでたったの七百メートルしかない島の集落を走る。
「ねえさん、内地のひと?」
「Y県です。島の方ですか?」
「おれ? 横浜!」
やはり私は、彼女の顔も名前も憶えてはいられないだろう。毎日旅人を出迎え、送り出す。島で暮らすということは、孤独に堪えるということなのだ。
posted by kawai toshio at 00:10|
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